utopistics

日々のことを。

夕方の社員食堂

遅いランチをつつきながら近年の不遇を

嘆きあう要は部署の愚痴の中で

 

「そうですよ

   最近はマニキュアもしなくなっちゃったもの

 

ドキリ。

同僚の意外な一言 。

 

全然着飾らない人なもので

失礼ながらその台詞と

本人の組み合わせに驚いた。

 

 

女の秘密は女だけが知っているもの。

 

 

ヒヤリ。

 

クマグスクの夜

久しぶりの長い休みを、小豆島で過ごすにあたり

最初の二晩をクマグスクという変わった名前の宿に決めた。

島をさんざん回って夜分に到着する。遅くなりすみません。

 

「こんばんは。二泊でしたね。

では二泊分の、お家賃を納めていただきます。」

 

これから二晩三日、わたしはクマグスクの住人として

受け入れられた。

 

 

ここクマグスクは坂手港から坂を上ってすぐ、観音寺という

お寺さんの宿坊を改装した宿で

芸術祭の秋会期最終日の十一月四日まで毎日開いている

滞在型のアートスペースだという。

シャワールームに、土屋信子さんの作品が展示されている。

 

脱衣所には、カゴが二つ。

当然ながら服を脱ぐ。裸になる。

なんとなく。どうも、失礼してすみません。

気恥ずかしさと恐縮。

小声で断りながら裸足で作品を横切り、

シャワールームへ身を屈めて進む。

 

肉体は生まれてこのかたわたしが間借りする宿といい

傍らに有りながら、常に動きつづけている。

苔は同じく命を一瞬ごとに変化させ過ごしているだろうに

時を永劫止めたようにしんとしている。

シャワーの水は0.000000000000001秒ごと

異なる動きを連続しながらしぶきをあげる。

じゅっと溶解した空気をとじこめたような作品が目の前に

まるでわたしに気も払わずにそこにある。

緊張感と親近感が混ざり合う。入浴にあたってこんなにも

他者の眼と自分のからだを意識したのはいつぶりだろうか。

シャワーの下からシャンプーを取ろうと手を伸ばすとき、

なぜか腕の角度を気にする。

水しぶきを浴びていると、心地よさがしだいに上ってきた。

 

 

二日目。雨が降る豊島から帰ってきた。

天気の話をしたくなり、誰かを探しにテラスに向かう。

台風が近づくかもというその晩

すでに住人が集まっていた。

 

 

「台風来ますかね、降りませんね

「来ますかねぇ、空が静かですよねぇ

「ちょっと電気を消してみましょうよ

 

明かりが消えると空は一面 星がどっさり降りていた。

白っぽいのはガスではなくて天の川だ。初めて見た。

星は呼吸をするように光がちかちか小さくなったり

大きくなったりしている。

 

あー! と誰かが声をあげるその母音の、ー の間じゅう、

一直線がくっきり走り全員で同じ流れ星を見上げた。

流れ星はそのあとも何度も走り、その度に

おお、わーとテラスが鳴いた。

星と一緒に小声の夜が更けていく。

 

肉体が生まれてこのかたわたしが間借りする宿だとしたら

下宿の住人たちというのは

どのように意味しているのだろう。

一夜限りの同居人たちと見上げた空は翌朝に赤く染まり

思わず外へ出て、港まで急いだ。